1. 「いつも何かを同時進行している」毎日が当たり前になっていませんか
メールを返しながら、チャットも気にして、オンライン会議を聞きつつ、頭の片隅では夕食のメニューや子どもの予定を考えている。
気づけば一日じゅう、頭の中がフル回転しっぱなし…そんな感覚はありませんか。
最近、「一日が終わるころには頭が煮詰まった感じ」「大きなトラブルはないのに、妙にイライラしやすい」という相談がとても増えています。話をうかがうと、共通しているのが「常にマルチタスク状態」という点です。
- 仕事では、メール・チャット・資料作成・電話対応が同時進行
- 休憩中も、スマホでニュースやSNS・ネットショッピング
- 家に帰れば、家事・育児・家計のやりくり・明日の段取り…
からだは椅子に座っていても、脳だけは常に走らされているような状態。
その結果として、
- どうでもいいことでカッとしてしまう
- 本当は大事な判断なのに「もうこれでいいや」と雑に決める
- ささいなミスが増えて、自己嫌悪に陥る
といった「決断疲れ」や「頭のパンパン感」につながっていることが少なくありません。
この記事では、マルチタスクで疲れやすい・イライラしやすい背景にあるからだと脳の仕組みを整理しながら、「全部を止めるのは無理だけど、ここを変えるとラクになりやすい」という現実的なポイントを一緒に考えていきます。


2. マルチタスクと「決断疲れ」はどう結びついているのか
まず、「マルチタスク」「決断疲れ」という言葉を、少し整理しておきます。
実はほとんどが「同時進行」ではなく「高速タスク切り替え」
いわゆるマルチタスクというと、「同時にいくつもこなせる能力」のようなイメージが持たれがちです。ただ、脳科学・心理学の研究では、人間の脳が意識的な作業を本当に“同時に”こなせるわけではないことが繰り返し示されています。
実際には、
- 作業A(メール作成)
- 作業B(チャット確認)
- 作業C(会議内容の理解)
といったものの間を、「A → B → C → A → B…」という形で非常に素早く行き来している状態が多いと考えられています。
この「タスクの切り替え」には毎回コストがかかり、集中力・時間・エネルギーが少しずつ削られていくことが、様々な研究で報告されています。Cell+2Wake Forest News+2
つまり、「マルチタスクが得意だから平気」というより、
**「自分でも気づかないうちに、細かな切り替えで脳を疲れさせている」**と捉えた方が現実に近いことが多いのです。
決断疲れ(decision fatigue)という考え方
もう1つのキーワードが「決断疲れ」です。
これは、「たくさんの選択や判断を繰り返すほど、後半になるほど判断の質が落ちやすい」という現象を指す言葉として使われます。
・午前中は冷静に考えられるのに、夕方の会議になると「とりあえず無難な案で」になりがち
・仕事終わりのスーパーで、つい甘いものやジャンクフードを選んでしまう
こうした“後半の判断の雑さ”を説明する概念として提唱され、多くの研究が行われてきました。一方で、決断疲れのメカニズムを説明する「エゴ・ディプリ―ション理論(意志力の消耗)」については、再現性に対する議論もあり、現在も検証が続いています。サイエンスダイレクト+2Frontiers+2
大切なのは、「理論の細部がどうか」というよりも、現実の生活の中で『夕方ほど判断が雑になりやすい』『忙しい時期ほど選択を誤りやすい』という傾向は、多くの人が体感しているという点です。
デジタル時代のマルチタスクが決断疲れを加速させる
最近の研究では、デジタル機器を使ったマルチタスク(メール・SNS・通知の嵐など)が、ストレス反応や疲労感を高める可能性が示されています。心拍変動(HRV)やストレスホルモン(コルチゾール)の変化から、マルチタスク状態の方が「ストレスが高く・回復しにくい」傾向が見られたという報告もあります。PMC+2ResearchGate+2
つまり、
「常に何かを同時進行している状態」+「その一つ一つで細かな決断を求められる」
という組み合わせは、決断疲れを起こしやすい土台になりやすい、と考えられます。
3. 脳とからだで何が起きているのか|構造・神経・感覚の視点から
ここでは、マルチタスクが続いたとき、脳とからだの中でどんなことが起きているのかを、少し丁寧に見ていきます。
3-1. 前頭前野が「渋滞」してくる
意識して考えたり、優先順位を決めたり、感情をコントロールしたりしているのは、主に脳の前側にある「前頭前野」という領域です。
マルチタスク状態では、この前頭前野が、
- 会議の内容を理解する
- メールの文面を考える
- 相手の感情を推しはかる
- 返信の優先順位を決める
- 「今、本当にやるべきことは何か?」を選び直す
といった仕事を同時多発的に処理しようとします。
タスク切り替えのたびに、注意の焦点を切り替え・情報を読み込み直し・前後の脈絡をつなぎ直す必要があり、その度に小さなエネルギーが消費されていきます。PMC+1
この「小さなエネルギー消費の積み重ね」が、夕方以降の、
- 「さっき何を考えていたか思い出せない」
- 「大事なメールに返したつもりが未送信だった」
といった現象にもつながってきます。
3-2. 自律神経は「ずっとオン寄り」の状態に
次に、神経・ホルモンの面を見てみます。
仕事中のマルチタスクは、身体にとって小さなストレス刺激の連続になりやすいです。
通知音が鳴るたびに、「何か急ぎの用事かもしれない」と、交感神経が軽くオンになる。コンマ数秒の緊張が1日じゅう積み重なっていくイメージです。
ストレス研究では、こうした“細かいストレスが重なった状態”でも、心拍・血圧・ストレスホルモンの変化が起こることが報告されています。PMC+1
自律神経の観点で整理すると、
- 交感神経(アクセル)がじわじわ高ぶる
- 副交感神経(ブレーキ)が入りにくくなる
- 「仕事が終わっても脳がオフモードになりにくい」
という状態になりやすく、これが
- なんとなく落ち着かない
- ささいなことでイライラしやすい
- 帰宅後も頭が休まらず、寝つきが悪い
といった“感覚”として表に出てきます。
3-3. 筋肉・姿勢にも「マルチタスクのクセ」が滲み出る
構造(筋肉・姿勢)の面から見ても、マルチタスクの影響は現れます。
- 画面や資料を次々と見ることで、眼精疲労が強くなる
- それに合わせて、首〜肩まわりの筋肉が知らず知らずのうちに緊張
- 集中しようとすると、呼吸が浅くなり、胸・背中も固まりやすい
この状態では、呼吸によるリラックス信号が脳に届きにくく、自律神経のバランスも整いにくいという悪循環が起こります。
「頭がパンパンな感じ」が続いているとき、肩や首・目の周りを触ってみるとカチカチに張っている方は多いはずです。
マルチタスクは「脳だけの問題」と思われがちですが、実際にはからだ全体を通して“戦闘モード寄り”に傾ける負荷になっていると考えてみてください。
3-4. 感覚のレベルでは「常に落ち着かない」「考えが散らばる」
最後に、“感覚”の面で起こる変化です。
- じっとしていても、どこかソワソワする
- 一つのことに集中しようとしても、別の用事が頭をよぎる
- 「今ここ」より、少し先の予定ばかり考えてしまう
こうした感覚は、「気持ちの問題」というよりも、
**脳・自律神経・筋肉の状態が組み合わさって生まれている“体験”**だと考えられます。
私自身も、締め切りが重なっている時期はついマルチタスク祭りになりがちで、「何から手をつけるか考えているだけで疲れる」という状態に陥ることがあります。
そんなときほど、「これは脳がオーバーヒートしてきているサインだな」と気づけるかどうかが、その後の過ごし方を分けてくると感じています。
4. 生活パターンと「頭パンパン」のつながり|ついやりがちなクセを整理する
ここからは、マルチタスクと決断疲れを招きやすい「生活のクセ」を、具体的な場面で整理していきます。
4-1. 仕事中の「細切れマルチタスク」
仕事の場面では、こんな流れがよく見られます。
- 資料作成に集中しようとする
↓ - 通知が鳴る → メールを確認 → つい返信まで済ませる
↓ - その途中でチャットの未読に気づく → 別の話題に対応
↓ - ふと気づくと「そもそも何の資料を作っていたか」を思い出すところからやり直し
この「細切れマルチタスク」が続くほど、
一つひとつの作業時間が伸びるうえに、脳の疲れ方は加速していきます。
4-2. 家事・育児・プライベートでもマルチタスクが止まらない
仕事が終わっても、頭の忙しさが止まらないケースも多いです。
- 料理をしながら、子どもの宿題を見て、スマホで明日の天気と予定もチェック
- お風呂上がりには、洗濯・片づけ・翌朝の弁当の下ごしらえ…
- その合間に、家計アプリを開いて今月の出費を計算
一つひとつは「たいしたことではない」のですが、「あれも、これも」の積み重ねで、脳の決断リソースが一日じゅう使われ続ける状態になりがちです。
4-3. 「スキマ時間」のつもりで、さらに情報を詰め込んでしまう
もう一つの落とし穴が、「スキマ時間」の使い方です。
- 通勤時間やエレベーター待ちの数十秒も、ニュースやSNSチェック
- トイレ休憩の間に、ネットショッピングの続きを考える
- 寝る直前まで、スマホで情報を流し見
本来なら、「何もしないでボーッとする」ことで回復できる時間帯まで、情報を詰め込んでしまう。
その結果、頭の中に“余白”が残らず、決断疲れから抜け出すタイミングが見つからないまま一日が終わってしまうことになります。
Q&A:マルチタスクと決断疲れについて、よくある疑問
Q1. マルチタスクが得意な人もいると聞きますが、気にしなくて大丈夫でしょうか?
「得意・不得意」の個人差はありますが、研究レベルでは、マルチタスクが「パフォーマンスを上げる」場面はかなり限られると考えられています。ResearchGate+1
たとえば、
- BGMのように、ほとんど意識を必要としない作業との組み合わせ
- 訓練によって、ある特定の組み合わせだけ効率がよくなるケース
などはあり得ますが、日常生活のほとんどの場面では、**「同時にこなそうとすると、見えないところで質が落ちる」**ことの方が多いと考えておくと安心です。
Q2. 音楽を聴きながらの仕事や勉強も、やめた方がいいですか?
これも、「どんな音楽か」「どんな作業か」によって変わります。
- 歌詞がしっかり耳に入ってくる音楽
- 感情を大きく揺さぶるような楽曲
は、注意を持っていかれやすいので、文章を書く・複雑な判断をする場面には不向きなことが多いです。
一方で、単純作業やルーチンワークのときに、一定のリズムで流れる音楽が集中のきっかけになる方もいます。
「大事な判断」や「新しいことを覚える」場面ではできるだけシングルタスク寄りに、
それ以外の単純作業では、自分にとって心地よい音の環境を探してみる、といった使い分けがおすすめです。
Q3. どの程度つらくなったら、専門家や医療機関に相談した方がよいですか?
次のような状態が続く場合は、一度、医療機関など専門家に相談してほしいサインです。
- 眠れない・夜中に何度も目が覚める日が続く
- 動悸・息苦しさ・強い不安感が頻繁に出る
- ミスが増え、仕事や生活に大きな支障が出ている
- 気力がわかず、好きだったことにも興味が持てない
マルチタスクや決断疲れがきっかけとなって、心身の不調につながることもあります。
「少し休めば回復する疲れ」と「一人で抱え込まない方がいい状態」の線引きがつきにくいと感じたら、早めの相談を考えてみてください。
5. 今日からできる「マルチタスクをゆるめる」小さな工夫
最後に、すべてをガラッと変えるのではなく、**「これならやれそうかな」**というレベルの工夫をいくつか提案します。
5-1. 1日に1つだけ「シングルタスクの時間」を確保する
いきなり「マルチタスク禁止!」とすると、現実的ではありません。
おすすめは、1日のうち25〜50分だけでも「一つのことだけをする時間」を決めることです。
例としては、
- 午前中の頭が冴えている時間に、重要な資料作成だけに集中する
- 夜の家事のどこかで、「皿洗いだけ」「明日の準備だけ」に意識を向けてみる
など、小さなもので構いません。
ポモドーロテクニック(25分集中+5分休憩)など、短い集中と小休憩を組み合わせる方法も、マルチタスクからの切り替えに役立ちます。News-Medical
5-2. 「決断しなくていい領域」を意識的に増やす
決断疲れを減らすためには、あらかじめ「悩まない」と決めてしまう領域を作るのも一つの手です。
- 平日の朝ごはんはパターン化してしまう
- 仕事用の服は、組み合わせをあまり悩まなくていいようにしておく
- 日用品の買い物は、銘柄を基本固定にする
こうした工夫をしておくと、「選ぶたびにエネルギーを使う」場面が少しずつ減っていきます。
5-3. 「同時進行」ではなく「順番待ちリスト」に書き換える
頭の中に「あれも、これも」と浮かんできたとき、
すぐに手をつけるのではなく、一旦紙やメモアプリに「順番待ちリスト」として書き出す習慣も、決断疲れ対策になります。
簡単なイメージを表にすると、こんな感じです。
| 状態 | 脳の中のイメージ |
|---|---|
| 同時進行モード | いろんなタスクが頭の中で弾んでいる |
| 順番待ちリストあり | 目の前の1つに集中し、残りは紙が預かる |
「今はこれだけ」「他のことは紙に預けておく」という形にすると、
前頭前野に抱え込ませる情報量が減り、「頭がパンパン」の感覚が少し和らぎやすくなります。
最後に、少しだけ背中を押させてください。
マルチタスクが当たり前の時代に、「一つのことにだけ集中する時間」を確保するのは、正直なところ簡単ではありません。
それでも、1日のどこかでほんの少しだけ、脳と自律神経に“余白”を返してあげるだけでも、イライラやうっかりミスの出方は変わってきます。
全部を完璧にこなそうとしなくて大丈夫です。
「今日は通知を1時間だけ切ってみる」「今からの25分だけは、この作業に集中してみる」
そんな小さな一歩から、自分なりのペースを取り戻していきましょう🧠✨
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
