パーキンソン病と聞くと、多くの方が「震え」「車いす」など、かなり進んだ場面を想像しがちです。でも実際には、「歩幅が小さくなった」「体を起こすのに時間がかかる」「なんとなく疲れやすい」といった変化のなかで、日常をどう守るかの勝負が続きます。
ここでは、“がんばる運動”よりも「からだの使い方」と「家の環境」を一緒に整える視点で、動ける時間を少しでも長く保つためのヒントをまとめていきます。

1. 「まだ動けるけれど、前と違う」そんな声がとても多いです
診察室レベルの話題としては「震え」「薬の量」が前面に出ますが、日常でいちばん困るのは、もっと地味な変化だったりします。
- 歩くとき、なんとなく足が前に出にくい
- 立ち上がるとき、1回ではスッと起き上がれない
- 朝はそこそこ動けるのに、夕方になると急に足取りが重くなる
こんな“ちょっとした変化”の積み重ねで、「転んだらどうしよう」「外出がこわい」という不安がふくらみ、動く機会が減っていくことがよくあります。
実は、パーキンソン病のリハビリに関する研究では、「病気の比較的早い段階から、継続した運動や生活の工夫を取り入れた人のほうが、歩行機能の低下がゆるやかになりやすい」といった報告が増えています。脳卒中のように“ある日突然”変わるというより、「何年もかけて少しずつ変わる」病気だからこそ、日々の使い方をどう積み重ねるかがゆるやかなカーブを描くための鍵になります。
この記事では、「運動してください」と一言で片付けるのではなく、
- 歩き方・立ち上がり方など、からだの使い方の工夫
- 靴・服・家の動線など、環境をラクにするアイデア
- 1日のリズムの整え方・疲れとの付き合い方
をセットで考えていきます。全部を一気に変える必要はありません。ご自身やご家族の生活に合いそうなところから、少しずつ拾ってもらえたらうれしいです。
2. パーキンソン病と「動きのクセ」|何が起きているのか整理してみる
パーキンソン病は、脳の中でも「黒質」と呼ばれる部分で、ドパミンという神経伝達物質が減っていく病気です。ドパミンは“動き出しのスイッチ係”のような役割をしていて、これが減ると次のような特徴が出やすくなります。
- 動き出すまでに時間がかかる
- 一度動き始めると、動きを止めるのも苦手
- 筋肉を必要以上に固めてしまう
- 歩幅が狭く、ちょこちょこ歩きになりやすい
海外の大規模研究では、パーキンソン病の方はそうでない方と比べて、転倒リスクが約2〜3倍ほど高いと報告されています。特に「歩き始め」「振り向き」「トイレや台所での方向転換」の場面で転倒が起こりやすいことも示されています。
また、運動だけでなく自律神経にも影響が出るため、
- 体温調節がうまくいかず、暑がり・寒がりが極端になる
- 血圧のコントロールが乱れ、立ちくらみやふらつきが出る
- 夜間頻尿や便秘で、睡眠の質が落ちる
といった「疲れやすさ」「気力が湧きにくさ」に直結する症状も増えてきます。
ここで大事なのは、「からだそのもの」と「環境」の両方が変わってきている、という視点です。
- からだ側の変化
- 歩幅が小さくなる
- 腕振りが減り、バランスが取りにくい
- 股関節・背骨まわりが固まりやすい
- 環境側のハードル
- 玄関の段差が高い
- トイレ・洗面所までの距離が長い
- 服のボタンやファスナーが細かくて扱いづらい
この「からだの変化」と「環境のハードル」が重なったところに、転倒や“できない悔しさ”が生まれます。
だからこそ、「どちらかだけ」を頑張るのではなく、からだの使い方を整えつつ、環境もそろえてあげることが重要になってきます。

3. からだの中で起きていること|歩幅・姿勢・リズムの変化を読み解く
ここから少し、からだの中身に踏み込んでみます。むずかしい話をしたいわけではなく、「だから、その工夫が効くのか」と腑に落ちる材料にしてもらうイメージです。
歩幅が小さくなる理由
ドパミンが減ると、「こんなに大きく動いていいよ」という脳からの許可が出にくくなります。
その結果、本人の感覚としては**“普通に歩いているつもりなのに、実際には小股”**になります。
いくつかの研究では、パーキンソン病の方は「自分の歩幅を正しく見積もる感覚」が低下しやすいことが指摘されています。メトロノームや音楽などの一定のリズムを使うと、歩幅や歩行速度が改善するケースがあることも報告されています。
つまり、「もっと足を前に出して」と頭で意識するだけでは限界があり、外からのリズムや目印(視覚情報)をうまく使うと、動きがスムーズになりやすい、ということです。
姿勢が前かがみになる理由
背骨や股関節を支える筋肉がこわばりやすくなると、体の前側にだけ力が入りやすくなります。
・頭が前に出る
・肩が丸まる
・股関節が軽く曲がったままになる
この姿勢になると、重心が前に寄るため、転んだときに前に倒れやすい状態になります。
さらに、前かがみは呼吸も浅くしがちで、「疲れやすい」「声が出しにくい」といった別の困りごとにもつながっていきます。
自律神経と「疲れやすさ」
パーキンソン病では、自律神経の中枢にも変化が起きることが分かってきています。
- 立ち上がると血圧が下がりやすくなる
- 腸の動きが落ち、便秘が続きやすい
- 夜間のトイレで何度も起き、熟睡しにくい
このあたりは、薬だけではコントロールが難しい部分です。
ある研究では、「週3回程度の有酸素運動や柔軟運動を3ヶ月ほど続けたグループでは、疲労感・睡眠の質・生活の質(QOL)が有意に改善した」というデータも出ています。運動量は激しいものでなくても、“続けられる軽い運動+生活リズムの安定”が、自律神経の揺れを少しならしてくれる可能性があります。
このように、
- 大きく一気に頑張るよりも
- 少しずつ、しかし途切れさせない工夫
が、からだと脳にとってはありがたい栄養になります。
4. よくある生活パターンと、「動きづらさ」の悪循環
ここからは、日常の中でよく見かけるパターンをいくつか取り上げてみます。
「これ、自分にも当てはまるかも」と感じたところがあれば、そこから変えていくのが近道です。
パターン1:転倒が怖くて、家の中でじっとしてしまう
一度転んだ経験があると、「また転んだらどうしよう」という恐怖が先に立ちます。
その結果、
- 外出が減る
- 家の中でも歩く距離が減る
- 筋肉や関節がさらに固くなる
という流れで、“動きにくさの上塗り”が起きがちです。
ここでのポイントは、「いきなり外出頻度を増やす」のではなく、まず家の中での動線と安全性を整えることです。
- 廊下やトイレまでのルートに、荷物を置きっぱなしにしない
- カーペットやマットのめくれ・段差をできるだけ減らす
- 夜間は足元灯やセンサーライトをつける
こうした環境調整だけでも、転倒リスクはかなり変わります。高齢者全般を対象にした研究でも、「家屋内の段差解消や照明改善などの“住宅改修”は、転倒リスクを約20〜30%減らす可能性がある」と報告されています。
パターン2:疲れないようにと、ずっと椅子やソファに座りっぱなし
「動くと疲れるから」と、ほとんどの時間をソファで過ごす方も少なくありません。
ただ、長時間同じ姿勢が続くと、
- 股関節まわりがさらに固まる
- 立ち上がりの1歩目が、よけい出にくくなる
- 背中や首のこり・痛みが強くなる
など、かえって“動きづらいからだ”に近づいてしまいます。
おすすめは、「疲れる前に、少しだけ姿勢を変える」ことです。
- 毎時0分になったら、深呼吸を3回してみる
- テレビのCMのタイミングで、座り直して骨盤を起こす
- 安定したテーブルにつかまりながら、軽く立ち上がってまた座る
この程度でも、股関節・膝・足首への刺激が入り、次の動き出しがスムーズになりやすくなります。
パターン3:靴・服が「以前のまま」で、今のからだに合っていない
意外と見落とされがちなのが、靴と服です。
- かかとの高い靴、底がすり減ったままの靴
- 紐靴の紐がゆるく、足が靴の中で泳いでいる
- ボタンや細いファスナーが多く、着替えに時間がかかる服
これらは、転倒リスクや「間に合わない焦り」を生みやすい要因になります。
靴については、
- かかとがしっかりした、かかと周りが固定されるタイプ
- 底が極端に厚すぎず、地面の感覚がある程度伝わるもの
- できればマジックテープやゴム仕様で、脱ぎ履きがしやすいもの
を選ぶと、足元の安定にかなり差が出ます。
服も「前開きで、留め具が少ない」「ストレッチ性がある」ものに変えるだけで、動き出しのハードルが少し下がります。
Q&A:よくある疑問にまとめて答えます
Q1. パーキンソン病でも、どれくらい運動した方がいいのでしょうか?
個人差が大きいので一概には言えませんが、海外のガイドラインでは「週150分程度の中等度の運動(1日30分×週5回程度)」を一つの目安にしているものがあります。
実際には、
- 10分×3回に分ける
- 歩行だけでなく、ストレッチやゆっくりした筋トレも含める
など、ご自身の体調や薬の効き具合に合わせて“分割して続ける”方が現実的です。
Q2. 転びそうで怖いときは、外出を控えたほうがいいですか?
転倒のリスクが高い状況(めまいが強い日・体調不良の日など)では無理をしないことも大切です。ただ、「怖いから一切外に出ない」という選択が続くと、筋力・バランス機能が落ち、かえって転びやすくなります。
家の中の安全対策をしたうえで、
- 家の周りを5分だけ歩く
- 家族と一緒に近所の公園まで行ってみる
など、「安心できる環境+短時間」から再スタートするのがおすすめです。
Q3. どのタイミングで、リハビリ専門職に相談した方がよいですか?
「最近、歩幅が狭くなった」「椅子から立ち上がるのが重たくなってきた」「転びそうになってヒヤッとした回数が増えた」。このあたりが、一度専門職に相談してみる目安になります。
病院の外来や地域のリハビリテーション、訪問リハビリなど、生活の場に近い形で関われるサービスも増えてきています。早い段階から相談しておくと、からだの変化に合わせて暮らしを調整しやすくなります。
5. 今日からできる「動ける時間を守る」ための小さな工夫
最後に、暮らしの中に取り入れやすい工夫をいくつかまとめます。全部やろうとせず、「これはできそうだ」と感じたものを1〜2個だけ選んでみてください。
1)歩幅とリズムを、外から“借りる”
- お気に入りの音楽をかけて、そのリズムに合わせて歩く
- 床にテープやマットを並べ、「ここまで足を出す」と目印を作る
- 歩き始める前に、「1、2、1、2」と声を出してから1歩目を出す
こうした工夫は、脳の「リズムを刻む回路」に働きかけ、足が前に出やすくなることが分かっています。特別な道具がなくても、家の中でできるものが多いです。
2)“動線をショートカット”する
| 工夫したい場面 | 具体的な工夫の例 |
|---|---|
| トイレまでが遠い | ベッドやリビングの近くに手すりをつける/夜間の足元灯 |
| 台所での家事 | よく使う道具は腰〜胸の高さにまとめる |
| 着替え | よく着る服を一箇所にまとめ、座って着替えられる椅子を用意 |
「何度も立ったりしゃがんだりする」「遠くまで取りに行く」といった動作を減らしてあげると、そのぶんを「歩く」「軽い運動」に回す余力が生まれます。
3)からだを「固めすぎない」時間をつくる
- 深い呼吸に合わせて、肩をゆっくり上下させる
- 椅子に座ったまま、骨盤を前後にゆっくり揺らす
- 仰向けに寝て、膝を立てたまま左右にゆっくり倒す
こうした小さな動きでも、関節や筋肉には「まだ動けるよ」という刺激が入ります。
とくに、寝る前の5分を“からだをほぐす時間”に充てると、こわばりを少しリセットしてから眠りに入ることができます。
パーキンソン病と付き合っていく時間は、どうしても長くなります。
「もっと早く気づいていれば」「前の自分とは違う」という思いが、ふと胸をよぎることもあるかもしれません。
そんなときに大切なのは、「できないこと」にばかり目を向けすぎず、
- 今のからだで“まだできること”
- 少し工夫すれば“これからも続けられそうなこと”
を見つけていくことだと、私は感じています。
動きのコツや環境の整え方は、一人で抱え込む必要はありません。医師やリハビリスタッフ、家族や介護サービスなど、頼れる人を少しずつ増やしながら、「自分のペースで動ける時間」を一緒に守っていけたらと思います。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。
この記事があなたのより良い生活のための一助になりますように。
